• 土. 12月 4th, 2021

Mフロム ヘルズキッチン~権力と品~Ep1

2月の試験は、
どんなことがあっても合格させる。
プリンセスの「彼氏」という
不安定な立場ではなくて、
「正式に婚姻した」立場のKなら、
どんな融通もきかせられる。
私が毛嫌いした権力を持って。

1回目の失敗によって、ちょうど世間が
「米司法試験には忖度が効かない」と、
信じ込んでいるので、
それは2回目の成功を際立たせるのに
とても都合がいい。
あと1回だけ辻褄合わせを押し切ったら
権力を使うのは終わりにしよう。


私には、もう、権力の使い方や、
品とか品性というものが、
どんなものだったかも、

わからなくなっていた。

幼い頃から、いつも私の隣りにいる妹が
写真を撮られたり、何かと話題になったり
世間でもてはやされてきた。
妹は、はつらつとして純粋で、
私にとって宝物のように大事な存在だ。

そんな妹に嫉妬するはずも、
敵対視するはずもなかったけれど、
「私は、どんななのかな。」と
思うことはあった。

母は私の顔を、公家顔でとても品があると
いつもほめてくれた。
皇族らしい、公家顔の特徴ある目元は
何千年も受け継いだ血統を表して、
とても品があると、
その血を持たない母はよくほめてくれた。

それでも私は、もっと俗世間にうける
今どきの美がほしかった。
通販で売っているような、
ペラペラの生地の「安っぽい」服。

生地が悪くても、デザインが可愛い服。
多少痛んでも、カラーした薄茶色の髪。

なんでも手に入ると思われている特権には、
手に入らないものが多かった。
例えば、品のない安っぽい俗っぽいものだ。

でもそれらは、魅力的なことが多かったし、
公家顔の私よりも、妹の方がよっぽど
俗世間うけしている理由なんじゃないかと、
思ったりもした。
日本一貴賓高い私が、
心の中で好きだと思っていた人が、
他の俗っぽい女と仲良くしているのを見ると
とても解せなかった。


私は、自分はまるで
生地は超高級シルクだけれど、
誰も見向きもしない地味な洋服みたいだ、
そんな風に感じていた。

スポンサードリンク


大学に、フェイクファーのセーターと
太腿の半分まで見えるくらいの
フレアのミニスカートと、
モコモコブーツのコーデで行った時、
すごく嬉しかった。
安っぽい俗っぽいものを着るのが
楽しかった。
週刊誌でその自分の写真を見た時、
我ながらドキッとするくらい
チープで下品な感じがしたけれど、
同時に、こんな自分こそ
結構気に入っている。

Kの俗っぽさに惹かれたのも、
そんな私の傾向があったのかもしれない。
「海の王子」という何とも言えない
俗世間でのあいまいな称号でも、
自信満々に話しかけてきた。

Kとマンハッタンで暮らすことになるまでの
この数年で、私の権力と品についての混乱が
はっきりと起こっていった。

結婚報告の会見で、
私は嫌味を連発したのだけれど、
予想以上に世の中を敵に回してしまった。
喧嘩の仕方がよくわからないのだ。

他の子どもたちは、荒々しい教育の中で
人との喧嘩の仕方を
覚えていくのだろうけれど、
私はどのように喧嘩したらいいのか
わからない。

権力があるから、品よくおとなしく
子供の頃からパワーダウンして
振舞ってきた。その反動で、
怒ったら行き過ぎなレベルまで
パワーアップしてしまう。
この調整具合がいまだにわからない。

私が一番言いたかったことは、
Kが私のことを、
私が持つ権力と切り離しても、
大事に思ってくれている、
ということだった。
私は、そのことにこだわっているし、
そのことで頭がいっぱいなのに、
世間は、違う視点で私を策士として
批判した。
私の言いたいことは、
そんなレベルまで達してさえいないのに。

ある意味、そんなに策士と認定されて、
むしろ高評価されているようだ。

私が、
「Kが一人で決定したことは何もなかった」
そう言ったのは、
Kが、勝手に3年半も、
Kの意志で私から離れていたのではなく、
私が決めたことだったのだと、
そう言いたかっただけだった。

彼氏の話を夢中で1時間以上も、
友達にしたとき、
友達に「いつ最後にあったの?」
と聞かれて
「3年半前」と答えると、
「え?」と
会話が途切れる。
そんな時に、自分の中の疑いやおそれが
雪崩のように心を覆った。

私は愛されている、
ほおっておかれているのではない。
Kは私の権力を目当てにしていない。
私は、女として、価値がある。
私はきれいなお洋服のように、選ばれた。

私はそう皆に認めてほしくて、、
Kのスピーチに、愛しているという言葉を
入れてもらった。

一時金をもらわなかったのも、
Kが権力と地位と富と関係なく、
私を選んだんだと、世間に証明するためだ。

Kとおしゃべりしながら、
ドアに寄りかかり東横線に乗ったり、
街を歩くのは、楽しかった。
私に怖気づく事もなくて、
英語が得意で海外の話はよく知っていて、
私がする外国の地名やお料理やドラマなどを
知っていて話が合って、話題が豊富だった。

道を歩くときには、外国人のように
いつも私を道の内側に誘導してくれたり、
100円の缶コーヒーをおごってくれたり、
そういうことが楽しかった。
今から考えると、それは実際、
Kには何の痛みも伴わないこと ば・か・り、
なのだけれど、
その時はそれがうれしかった。

「お金のかからない範囲の」
可能な限りのポーズは
全部してくれるけれど
皇居まで会いに来て、というと
「タクシー代がないから、出してよ」と
平気で言えるようなところも、
付き合ううちに徐々に出てきた。

皇族として生まれた私は、
人に富を見せてステータスを得る必要など
当然全くないわけで、
お金をひけらかすようなことは
して来なかった。

ただ、
イギリス留学した後に周った旅行中に
宮内庁職員バッチをつけて同行したKは、
私がどれくらいのお金を
動かすことができるのかを、
隣りで見て知ってしまったようだ。

私は、権力と離れて、
私を魅力的に感じてくれる愛を
欲していたのに、
Kの喜ぶ顔をみていると
もっと喜ばせたくなって、
ファーストクラスに一緒に乗ったり、
最高級ホテルのスイートに泊まった。

イタリアのミラノ、ローマ、フィレンツェ、ベネチア、アマルフィー、ポジターノ、
スペインのバルセロナ、アンダルシアのグラナダ、トレド、マドリード
ポルトガルのリスボン、
北欧に上がって、デンマークのコペンハーゲンとフィンランドのヘルシンキ、
スウェーデンのストックホルム、
そこからトルコのイスタンブールに飛んで、コンヤ、カッパドキア、
そして、アフリカ大陸にも行ってエジプト、モロッコを周った後、
スペインのバルセロナに戻って、
船旅を何泊か入れて、
フランスのパリとニースに行ってから、
イギリスに戻って、
北西部の湖水地方に行って、
アイスランドまで行った。
6000万円かかったと、
世間が計算している。

海外の美しい景色の中を
Kと一緒に過ごしたのは
本当に楽しい思い出になったし、
Kも本当に楽しそうで、
その旅行の直後に
私はプロポーズを受けた。

1か月一緒に過ごした私たちに、
かけがえのない美しい思い出と
愛の絆が生まれたんだと
私は、今も思い込むつもりだし、
そのように思い出として
今後も記録する予定だ。


ただ、正直なところ、
この旅行をきっかけに、
Kが、私のもつ権力範囲を
すっかり把握して
それに目を見張るようになり始めた。

2013年の頃にすでに、だ。
こちらのフィクションは→エピソード2に続きます。




 











こちら

 



こちら


お問合せ、ご依頼は
info@shiomi.asiaまでお気軽に。

スポンサードリンク

 

 

 

 

 

スポンサードリンク

jumpinghorse

大卒後新卒でシンガポール航空のCAになったのがきっかけでその後12年間シンガポールに居住しました。現在は月の半分海外、半分東京に。Facebook⇒ https://www.facebook.com/shiomi.yuki   インスタ yuki.shiomi 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.