Episode 3
エスコートサービス。
エスコートするだけの名目。
ただ、それ以上のことがあるのは暗黙の了解。
こんなビジネスはどこの国でもありうる。
経済成長でギラギラした
1990年代のシンガポール。
近隣諸国の王族や
事業で成功した金を掴んだ男達が
高級エスコートクラブ「High Society」で
見せる裏の顔とは。。。
そこには成功のヒントも、
成功の向こう側の闇さえも見える。
その男たちにいじられて
性欲性癖を受け止める
女達のか・ん・じ・て・いることって?
Episode 3
スパイダー
~Spider~
すごく背も高いけれど、
横にも白く太くて、
典型的な客家の金持ちの
リムと一緒にいるのは、
自分がどこまで
名誉や物欲のために、
生理的に好きでない男といれるかを
自分で試しているようであった。
開発中のマリーナベイを見下ろす
二コルハイウェイ沿いの
27階の2LDKの
小さな私の部屋のある
コンドミニアムの前に、
赤いフェラーリで
いつも私を迎えにきた。
エンジン音をMAXにして、
私が近づくぎりぎりまで、
ずっと音を鳴らし続けて、
それ以上ない存在感を主張する。
通行人も、外でタバコ休憩の労働者も、
その間、オーッと叫んだり、
口笛を鳴らして
私が車に乗り込むまでの
お見送りだ。
私がその車を’Ferrari’ と呼ぶと、
リムは、必ず <スパイダー>
と言いなおさせた。
『この車はFerrariの中でも
この国に2台しかない
‘Spider‘なんだ』
ということは、
たぶん、もう数十回も聞いた。
運転しながらカーブを曲がるときに
いちいちギアを変えて、
そのたびに、いちいち
『Spiderを買ったときに
イタリアでF1ドライバーの
トレーナーから運転を教わったんだ。
F1のドライバーのトレーナーからだよ。』
と、必ず最後に繰り返して、
念を押すパターンの一連の台詞は、
カーブが来る、
そのたんびに言うので、
おかしかった。
車から下りたら、
自分の素敵な革靴の紐も結ぶのに
全力で無言にならないと
できないくらい太っているのに、
車の中では饒舌で、
カーブのときは、
真っ白い丸い顔の真ん中の眉間に、
ツンとしわを寄せて、
細かくギアチェンすると、
横から西陽があたれば、
少し「かっこよく」見えて感じることに
我ながら驚いた。
「7人のフェラーリのオーナー同士で、
全員違う色にしようといって、
黄色のフェラーリがなかったから、
あいつに買わせたんだ、黄色を。」
と言ってる先の彼は、
背の小さくて細くて、
メガネのしたり顔の男。
この男だって、
私はなんとなく知っている。
よくテレビの表彰式に出てくるけれど、
時々、’High Society’に来ている。
Best Actress Awardの時、
意味深にカメラで数秒、
アップになっていた。
女優と付き合っている自信からか、
昼間に’High Society’に笑顔で来ると
無言で一周して品定めをして帰っていく、
そのわざとらしい見せつける余裕と、
若年寄りな風貌で
世の中をわかりきったような、
したり顔が嫌味な男だ。
この男には、そう、
黄色がぴったり。
土曜日の朝に、
全員違う色のフェラーリで
レインボー部隊で、
橋を渡ったマレーシアの
ジョホール バルに
朝ごはんを食べに行く。
そこにはゴージャスなレストランが
あるわけではなくて、
海の桟橋のところに
新鮮な魚をニョニャ風に料理する
魚料理のお店が並んでいる。
イケイケのシンガポールの
息苦しい世界で勝っては、いるものの、
男達は一瞬、気を抜ける、
この土曜の朝の「海辺の桟橋朝食」を
楽しんでいる。
なんとなくこのグループの中に
ちょこんとおとなしく座っていると
法律がどういう風にできて行くのか、
わかるように感じた。
キャピタルゲインTAXと、
相続税の設定の仕方で、
国の雰囲気が変わっていくこと。
不動産を知る知らないで
すべてが変わること。
日本人であるだけで
こんなにもてはやされる日本神話。
クリーンな法治国家の中にも、
もちろん特別待遇は
いつでも存在すること。
ゲームは
初めから勝ちが決まっている人が、
楽しくいつでも勉強していて、
楽しく実行して、
楽しくやっぱり勝って、
またさらに、
排他的に差をつけていくことなど、
そんなことが、
なんとなく わかってきた。
リムは、腰が悪いと言う診断書を
いくらかで知り合いの医者に書かせて、
兵役制度も免れて、
Sixth Avenueの鯉が泳ぐ庭のついた
大きなバンガローに住んでいた。
Sixth Avenueには、
リークアンユーもいるから、
警官も回りにたくさんいて、
リムの家の中に何か持ち込んで
していても、
「うちは、逆に安全なんだ」と
豪語していた。
リムの庭は、
メンテナンスで月に8000ドルかかる。
ダイニングルームは、
1個がWestern Styleで洋館のように美しく、
もう一個はChinese Styleで、
紅い壺の塗りが輝いていた。
そんなリムが、
もう急に、
ある日突然、
いなくなった。
電話もつながらない。
リムの身近な人々は
口を閉ざしている。
そんなに近くない存在の知人が、
「何かがひっかかって、
ロスに逃げたと聞いたよ。」
と教えてくれた。
何がどうしたのか、
私は聞かなかった。
なぜなら、
説明を聞いてもわからないと
私はわかっている。
私に、事を理解する
ビジネス知識はなかった。
私は日本の血と
若さだけが売りだ。
リムに大使館の並ぶ、
緑深いナッシムロードで
ここの土地を買ったから
ここに家を建てて暮らそうと
後ろから抱かれた。
でも私は寂しい金持ち中年に
なりたくないと思った。
裕福な女がハンサムな男を、
ちらっちらっと見て、
ひそかに一生懸命、
気を引こうとしているのを
これまで何度も
見てきたことがあった。
その一瞥の中に
打算で結婚した、つまり
大恋愛して結婚しなかった、
満たされない不幸が集結していた。
そんな人生を絶対に、
歩みたくないと、
強く思っていた私は、
最後のところで腹はくくれなかった。
でも、リムは
私を傷つけたことのない
いい人間だった。
その人がある日突然消えた。
何か、わからない。
ただ、
「何か。あったんだ。」
それだけはわかる。
ただ、
あの人ならきっとまた勝てる。
何かを捨てても、
きっとまた勝てる。
私は
いつか偶然の再会を願っている。
はこちら
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